「My camera has saved my life.」
《Guido floating,Levanzo,Sicily》1999年

男性の肢体のユニークなフォルム、その動きに従う静かな波紋、水面下の揺らめき、そしてそれらすべてを包み込むブルーが美しい。
《Smoky Car New Hampshire》1979年

ナン・ゴールディンの写真は演出が無く、ほとんどが自然光で(あるがままの光源で)撮られている。
車の窓から差し込む光に浮かぶスモーキーな空気は気怠いけれど、やはり美しい。
《The Hug》1980年

《Nan One Month After Being Bettered》1984年

《Cookie in her casket,New York》1989年

エイズで亡くなった親友のクッキー
《selfportrait,with eyes turned inward,Boston》1989年

ナン・ゴールディンは、1953年ワシントンDCに生まれボストンで育つ。11歳の時、姉バーバラ(18歳)が精神を病み線路に横たわって自殺する。家庭は崩壊し、家族との絆を捨て14歳の時家出する。ドラッグクイーンらと共に生活を始める。カメラを手にしたのは15歳の時で、過去のトラウマに加えて、姉が自分の記憶から薄れていくという恐怖から逃れるため、二度と訪れることのない日常の写真を撮り始める。同居人たちのスナップ的なポートレイト写真を彼らが喜んでくれたことがきっかけとなり、写真にのめり込んで行く。エイズに侵された80年代・90年代のアメリカやヨーロッパの都市で、自分自身や恋人、親友達(彼女は自分が撮っている親しい仲間たちを特別に「拡大家族(Extended Family)」と呼んでいる。)の日常の姿を見つめ、シャッターを切り続けた。彼らが自然な姿で写し出されているのは、ゴールディン自身が傍観者では無いからだ。麻薬と暴力と性に依存するあらゆる生の側面に寄り添い受け入れ、その一瞬一瞬を彼らと共有して、彼女自身が写真の中に存在しているからではないだろうか。
《Jimmy and Paulette》1991年

《Misty Doing her Make-up Paris》1991年

初期の頃、彼女はは親しい仲間とのパーティーで、撮り溜めた写真をスライドで映し出すという方法で発表していた。静止画のムービー、もちろん音楽が流れている。1973年ボストンで初めての個展が開かれる。
そして、1985年に約800枚のスライドショーが発表される。彼女を有名にした「性的依存のバラッド(The Ballad of Sexual Dependency)」だ。翌年その中からピックアップされて写真集「性的依存のバラッド」が刊行された。
薬物中毒の後遺症を克服した1990年以降、彼女は次々と写真集を発表していく。1993年には「The Other Side」(アメリカ、ヨーロッパ、アジアのドラッグ・クィーン達を撮ったもの)、1994年「二重の生」(ナンと、親友ディビッド・アームストロングと同じモデルを撮り、交互に並べたもの)同じく1994年に「トーキョー・ラブ」(荒木経惟と共に90年代のアジアの若者を撮る)、そして1996年にホイットニー美術館で回顧展「私はあなたの鏡」、2002年のポンピドーセンターを初めヨーロッパ各地で回顧展が開かれた。
《Sharon in The River》1995年

《Jens’Hand on Clemens’Back Paris》2001年

《The peacoke after the fire Deyrolle,Paris》2008年

2008年、世界的にも有名な剥製の老舗専門店パリの「デロール」が火災にあった際には、ナン・ゴールデンの他にもアンセルム・キーファーなどアーティストが心配で訪れたという。アーティストたちが触発される場所でもあったようだ。ナン・ゴールデンはそこで孔雀の剥製の写真を撮った。
近年、子供たちや風景の写真を次々と発表し、数多くのファッションブランドの広告写真のカメラマンとしても活躍しているナン・ゴールディン。
「BOTTEGA VENETA」2010 Spring&Summer Collection

《Marc Jacobs at the Plaza Hotel》Harper’s Bazaar September 2010 より

私生活の一瞬を撮り続ける彼女のスタイルは、後に続く若い写真家たちに多大な影響を与えた。
ナン・ゴールデンが付けた道筋が、フォトグラフのアートの領域を広げたのだ。
日本の「ガーリー・フォト」と呼ばれる、女性写真家達(長島有里枝・HIROMIX・蜷川実花らを代表とする)の仕事もその影響を受けていると思う。それまでの写真家が、非日常的な空間を撮った写真が正統とされていたものが、コンパクトカメラで露出やピントなど気にせず友人や日々の何でもない出来事など「あっこれいい」と感じたものを撮っていく。技術が無くても感覚で撮っていく。そしてその感覚に、見た人たちが反応していく。
長島有里枝

