【空間認識の違い】
何も描かれていない空間に対して

西洋(ヨーロッパ)の捉え方
何も無い空っぽの限られた空間 無いものは無い
東洋(日本 中国)の捉え方
無限の広がり 奥深い空間 「白紙の画」
安晩帖《魚児図》 明末~清初 八大山人(はちだいさんじん)

「余白」「間」に美を見出します。
一匹の魚の他に何も描かれてなくても、川・海の中をイメージすることが出来ます。「無いものが在る」という認識です。魚の方向性や目に生命力・強さを感じます。
菱田春草《落葉》1909年 紙本着色 六曲一双右隻 永青文庫
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何と静かな画面でしょう。何と奥深い画面なのでしょう。人が足元を見下ろす視点に立って描かれています。一番手前に描かれた杉の若木の前から見下ろす角度です。地面は描かれず、落ち葉によって感じることができます。樹木は根元付近だけを描き、太さは変えず、根元の位置や色彩の濃淡、細部の描き込みの度合いで前後関係が表わされています。リズミカルな木々の配置、そしてその間を埋めるような冷たい空気、不思議な空間が作り出されています。日本美術特有の余白の美しさが感じられる作品です。
西洋の捉え方
ヒエロニムス・ボス《快楽の園》1510~15年

余白としての空間は残さず書き込んでいます。余白には魔が入るという宗教的な背景があります。
クリムト《ポピーの丘》1917年

何種類の花々が描かれているのでしょう。風に撹拌された香りが、こちら側に流れ出てくるような印象です。
クリムトは肖像画の他に、点描画法を使った風景画も残しています。
隅々まで描き込まれた花々は、画面の外へ広がりを感じさせます。
【世界認識】の違い
東洋では‥
《陰陽太極図》 陰の中に陽があり、陽の中に陰がある。

陰陽太極図は、太極の中に白黒の勾玉を組み合わせたようなデザインです。中国では、この勾玉が魚の形に似ていることから「陰陽魚」と呼んでいます。陰から陽へ、陽から陰へと永久に繰り返している様を表現し、全ては一つのものとして捉えます。
「一即二」「二即一」「万物一体」というのが、東洋の世界認識です。
ものの本質は、部分は全体、全体は部分として、一瞬で認識する「直観」で本質に至ります。
それに対して西洋の世界認識は、二つが対立したところから考えます(二分性)。例えば、
「神/人」 「善/悪」 「敵/味方」 「黒/白」 「天国/地獄」
ものの本質は、要素に分け部分に分けて(分析)それらを統合して認識します。
西洋と東洋、描き方の違い
東洋は、ものの在り方を描く
牧谿(もっけい)「六柿図」 南宋・元 水墨画

水墨画は光の反射を無視して物の実在を墨色の変化だけで描き出す。
「ボデゴン(静物)」1770年 ルイス・ネレンデス

光の反射と闇によって物を写実的に描き出します。光を効果的に描くため、背景の闇を黒く強調します。
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