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色彩についてⅡ「ターナー」

イギリス・ロマン派の色彩画家ターナー

ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775~1851)ロンドン

幼い頃から絵の才能を発揮しました。テムズ川のすぐ近くに住んでいたターナーは、水辺の風景・水の描写を多く手掛けました。1797年にロイヤル・アカデミーの正会員になった頃は、写実的な風景画を描いていました。
ターナーは、ローマで活躍した17世紀フランス古典主義の風景画家クロード・ロランや、オランダ・バロック絵画の巨匠レンブラントの影響を受けました。特にレンブラント・ライト(暗い中にいる対象だけに光を当て、際立たせる描き方)の明暗対比(キアロスクーロ)の効果で描きました。


ターナー《海の漁師たち》1796年 91×122cm テイト・ギャラリー
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ロイヤル・アカデミーの正会員になる前年に描かれた作品です。レンブラント・ライトの効果がよく表れています。黒々とした雲の合間から差し込む陽の光を受けた小舟の漁師たちが、荒波に揉まれるように必死に漁をしているのでしょう。まるで、ステージ上のドラマティックな情景のような、緊張感溢れるロマン派の表現です。ひとたび大波が来れば転覆してしまいそうな、まるで木の葉のようです。ターナーは、山や海など大自然の中の小さな人間の存在を表現している作品をたくさん残しています。


ターナーが影響を受けたレンブラント(1606~1669)オランダ バロック絵画の巨匠

レンブラント《放蕩息子の帰還》1666~1668 262×206cmエルミタージュ美術館
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聖書を題材にした宗教画の中でも代表的な作品です(ルカによる福音書第15章より)。

肩に優しく手を当てている父。その父の財産を兄と分け合い家出をしたものの、すべてを使い果たしてみじめな姿で帰還した放蕩息子が、父の温かいぬくもりを静かに感じているシーンです。
このエピソードでは、真面目に父のそばにいて日々労働に勤しんでいた兄の「父が親不孝者の弟を受け入れた不満」も存在していますが、それでも後悔を一生負わせるべきではないという寛容の教えが説かれています。レンブラント・ライトは、慈愛に満ちた父の顔と後悔の念に駆られながらも、父の温もりに安らぎを感じているであろう放蕩息子の後ろ姿に注がれていて、この宗教画の見どころとなっています。
画面全体を覆う暖色、父の肩から腕が作り出す菱形、父と息子を優しく見守る三人の視線が、右端の人物を頂点に注がれている、どれもこの宗教画の「慈愛・寛容」のテーマを強調しています。




ターナーの色彩に影響を与えたものに、ゲーテの「色彩論」があります。詩人・小説家・哲学者として名高いゲーテ(1749~1832)は、自然科学者として1810年に「色彩論」を発表しました。ターナーが初めてのイタリア旅行で、明るい陽光に輝く風景に出会う10年ほど前のことです。

【ゲーテの色彩論】

光が最も強いレベルでは、色彩が認識されず「白色」です。光が最も弱いレベルは「黒色」でやはり色彩は認識されません。最強のレベル(白)から少し弱くすると初めて認識されるのが「黄色」、あるいは最弱のレベルから少し強くした時、初めて認識されるのは「青色」です。そして繰り返していくと、徐々に認識される色彩が増えて行って色環としてつながるというものです。人間の眼が認識する色彩を環で表したのはゲーテが初めてです。
そして、色環の向かい合う色彩は互いに引き立て、隣り合う色彩は馴染み易い。暖色は前進・膨張、寒色は後退するという色彩表現についても述べています。

どのように光を色彩で再現したら良いのか、「光の描き方」、それはターナーにとっても追及してやまない課題でした。ゲーテの「色彩論」に強い影響を受けたのは言うまでもありません。
ヴェネチアには何度も訪れ、輝く光の中の色彩を描きました。「色彩画家」としての特性を深めて行きました。

ターナー《解体のため錨泊地に向かう戦艦テメレール号》1838年 91×122cm
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輝く光を表現するための「白色」「黄色」が多用されています。
水平線近くの太陽の光が大気の中に溶け込み、静謐な海面の輝きと呼応し合って美しさを放っています。色環の黄色の反対色である青が、その美しさを引き立てるように描かれています。


『ノラム城、日の出』(1835~1840)78×122cm テート・ギャラリー
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朝陽の光が空気に溶け出して広がりを見せています。静寂の中にも大気のかすかな動きが感じられます。ノラム城は青い影のような表情で佇んでいて、幻想的で美しい世界を描いています。光に溶け込んでしまった形態、調和のとれた色彩、まるで抽象絵画のような表現です。
モネが普仏戦争を逃れてイギリスを訪れた時、本作品に出会って自分の進む方向に確信を持ち、印象派の幕開けを告げる『印象・日の出』を描きました。
ターナーは、前印象派として印象派の画家たちに多大な影響を及ぼしました。

ターナー《赤い空と浜辺》1840~42年頃
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タイトルが書かれているので、私達は赤い空と浜辺をイメージしますが、そうでなければ、再現性を離れたタッチと色彩で描かれた抽象絵画のようです。
ターナー晩年の色彩表現の美しさです。
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術

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