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新表現主義Ⅱ「J.シュナーベル」

ジュリアン・シュナーベル(Julian Schnabel 1951~  )

NYブルックリン出身の新表現主義(アメリカでは「バッド・ペインティング」という蔑称があります。)の画家です。
ヒューストン大学で学んだ後、コックやタクシードライヴァーをしながらホイットニー・アメリカン・アート美術館研究講座で学びます。その間、ヨーロッパ旅行にも数回出掛け、ヨーロッパのアートシーンにも注目していました。
1977年、働いていたレストランで一人の画商の女性と出会います。メアリー・ブーンです。その2年後、彼女によって戦略的に仕掛けられ、シュナーベルの作品は当時停滞していたアート・ワールドに送り込まれました。

新しい作品が受け入れられるために、画商や美術評論家や美術館の学芸員で成り立っているアート・ワールドにおいて、それをアートとするかしないかを決めています。切り詰められて単調な(退屈な)アート(ミニマルアート)に飽きて新しい絵画が求められていた状況の中、シュナーベルは、割れた陶器を貼り付け、そこにイメージを描くという新しい表現法による作品を創出しました。そして画商メアリー・ブーンのプロデュースにより一躍、ニューヨークのアート・シーンに躍り出ました。


J・シュナーベル《剣を持った持った青いヌード》1979~80年 243×274.3cm パネル 油彩 陶器
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一連のプレート・ペインティングの初期の作品。1978年のスペイン旅行の折、グエル公園などのガウディの作品に触れたことが、陶器片を貼り付ける発想のきっかけとなったと言われています。モティーフは、コーヒーショップの紙コップから引用しています。貼り付けるというアイデアは、私達が子供の頃貝殻を貼り付けて、その上に海の絵を描いた記憶に通じるものがあります。シュナーベルは、実用品の陶器(割れた皿)と、流用した紙コップの図柄を組み合わせて新しい絵画を作りだしたのです。地面にたくさんの皿をバーンと割って散らばった美しさを立ち上げたような、尋常ではないスリリングな面白さがあります。
また、巨大なキャンバスに大量の陶器を貼りながら、剥落のリスクを恐れず作品として成り立つためのノウハウを考え出したことが成功に繋がっていると思います。

コーヒーショップの紙コップ
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「グエル公園」のモザイク
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先にイメージがあり、絵具の代わりのタイルの破片をその中に埋め込んでいます。


ジュリアン・シュナーベル《O.K》1981年 127×101.6cm ヴェルヴェットに油彩
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ヴェルヴェットに青色の絵具、ネガフィルムを見ているようです。まるで一筆書きのように大胆に描かれていて、シンプルだけれど力強い青は、暴力的な力を持ってグッと迫ってきます。
顔はピカソが作品に取り込んだアフリカの部族の仮面の様で、プリミティブな雰囲気が漂っています。
また「O・K」という文字の造形性が、この作品を面白くしています。
シュナーベルは、ヴェルヴェットの他にもターポリン(帆布)にも描いています。

ジュリアン・シュナーベル《リ・デ・ポムⅢ》1988年 353.1×238.8cm ターポリン(帆布)に油彩
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ジュリアン・シュナーベル《無題》1987年 183×153cm パネルに陶器・油彩
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《部分》
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私達は画面上に描きだされた色彩や形(人物)で作り出すイメージを見ていると同時に、現実の皿も見ています。イメージを見ているのに、物としての絵画に引き戻される(気付かされる)。イメージと素材は不思議な一体感があり、フラットな平面では感じられない味わいがある。でこぼこした支持体に描かれた女性は立体感を得、更に皿の破片一つ一つの微妙な角度の付き具合いで色彩と光がミックスされて、生き生きとした女性が目の前に在る。

J.シュナーベルとバスキア

ブルックリンの地下鉄や街の壁に落書きアートを描いていたジャン・ミシェル・バスキアは、シュナーベルと同じく画商メアリー・ブーンのプロデュースにより、劇的にアート・ワールドに登場しました。シュナーベルは、自分より10歳程若いバスキアと親しく付き合いました。バスキアが薬物中毒死でこの世を去ってから8年後、1996年に「バスキア」という映画を制作しています。

J.シュナーベル《JMB AUG 12》1988年 487×487cm
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1988年8月12日、バスキアの死を知ったシュナーベルが、その時描いていた絵に「JMB」という彼の名前のイニシャルと、白い絵の具で線を描き入れて記憶に留めたという作品です。
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術

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